カラオケの歌える老人ホーム 第9話 バリで出会ったベトナム帰還兵
老人ホーム「灯」に白い帽子を深くかぶった男がふらりと入ってきた。俺は思わず息を呑んだ。まさか、あのバリで出会ったベトナム帰還兵ではないか。もう25年以上も前になる。バリの小さな安宿で数日を過ごしたときのことだ。宿のテラスでぼんやりリンゴをかじっていると、少し離れた部屋の米国人と目が合った。言葉を交わすうちに、一人旅の寂しさもあってすぐに打ち解け、毎晩のように宿のレストランの片隅で夕飯をともにした。彼は俺と同じ年齢で、ベトナム戦争の帰還兵だと打ち明けた。奨学金を得て大学を卒業し、東海岸の街でエンジニアとして静かに暮らしていた。やがて年金が出るので早々に引退すると話していた。四十代後半で引退など羨ましい限りだが、それだけの代償を彼は払ってきたということだろう。物静かな男で、ベトナムでの経験のためか常にどこかペ...カラオケの歌える老人ホーム第9話バリで出会ったベトナム帰還兵