「いや!お邪魔しました。また何ぞありましたら、ここへお電話を…」口橋は、ここには電話はないわな…と庵の辺りに生い繁った樹々を見回し、自分の名刺を一枚、老婆の前へ差し出した。^^「へえ…」老婆は珍しい物でも見るかのように、差し出された名刺に目を凝らしながら手にした。「では…」「…」老婆に一礼すると、樹々が繁る地点から二人は元来た方向へ歩き始めた。脚の下は蔦(つた)や蔓(つる)、雑草などが至る所に生え、二人の通行を妨げた。しかし、幸いにも2m間隔で名刺を破って括った目印が役立ち、二人は自由乗降バスのパーキングエリアまで戻ることが出来た。「もう、来たくないですね、ここへは…」鴫田が苦虫を噛み潰したような顔で口橋に告げた。「ああ…」口橋も、つい本音が出た。二人が警察署へ戻ると、予想もしていなかった事態が起こってい...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<15>
上沢海博物館ですべての乗客が降りてしまった。「何でもっと駅の近くに作らなかったんだろう」と友人が言ったが、豪農の伊藤家の屋敷を、そのまま北方文化博物館にしたのである。 徒歩二分だというが、塀の手前に空堀があった。神社の前を通ると、右手に浄土真宗の光圓寺があった。かつてここには、沢海代官所と旗本知行所の屋敷があったそうだ。 左手に駐車場と入口があった。松の巨木が並び、苔むした見事な庭木の間を…
「どうでごぜぇ~ましゅ、お味は?」「えっ!?ああ、まあ…」苦味はあったが、薄めてあるからか、飲めることは飲めた。だが、やはり苦味はあったから、美味いですね…とも言えない。ということで、口橋は暈した。^^「で、何に私を?」「ああ、そのことですが、何かお気づきになった五体のミイラが告げたこととか、は?」口橋は搦(から)め手から老婆に訊ねた。「そういや妙なことを言っとったと思っとりましゅ…」「どのような?」鴫田が二人の話に割り込んだ。「降りてきよる降りてきよる、と…」「何がです?」「暗闇の空を指さし、震え声で星座を…」「なんという星座です?」「フフフ…私ゃ星の名は分かりましぇん」「そうですか。いや、それで十分です。あの、どの方角を指さしたか、は分かりますかな?」「南西だったかと思っとりましゅ…」「お時間は?」「...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<14>
第171回芥川龍之介賞候補作品 向坂くじら『いなくなくならなくならないで』(文藝夏季号) を読んだ
いなくなくならなくならないで 作者:向坂くじら 河出書房新社 Amazon いなくなくならなくならないで 奇をてらったようなタイトルであるが、このタイトルこそ作品の本質である。 死んだと思っていた友人が実は生きていて、主人公の家に居候するという話。 面白く、引き込む力も半端ない。まさに、ページをめくる手が止まらない。文章も上手いし、構成もいい。場面も分かりやすい。 ただ、読み終えたときに、一体この作品は何だったのだろうか、と空しくなる。べつに、空しくなるとは貶しているわけではなく、下手に結論づけるくらいならば、宙ぶらりんの形にした方がいいのであるが……。 小説とは作り話であり、存在するものは文…
「もう、信じられないっ!」そりゃ、勝手に家出したウンタクも悪かったけど……。そもそもウンタクが負った役目を黙っていたキム・シンさんが悪いんじゃないのっ!それに……。普通家出って黙ってどこかに行くことじゃないっ!行き先伝えて家出するバカなんていないでしょっ
やはり、この前の婆さんだ…と、口橋はひと目見て分かった。「少しお訊(き)きしたいことがありましてな。今日、寄せていただいたんですが、今、ご都合よろしいですかな?」「さようで…。私ゃ、ちっとも構いよりません。いつも暇(ひま)を持て余しておりましてのう…」「そうですか、それはよかった!」口橋は、何がいいのか分からないまま、老婆に返していた。相変わらず弥生時代の装束に身を窶(やつ)し、勾玉の首輪を首にかけている。警察へ訪ねて来たときと違うのは。老木の根で作ったとみられる一本の杖を右手に握っていたことだった。「まあ、中へお入り下せぇ~まし。汚(むさ)いところではごぜぇ~ますが…。ドクダミ茶の一杯でも差し上げましょうほどに…」口橋は、ドクダミ茶はいらねぇ~が…とは思ったが、そうとも言えず、小さく哂(わら)って頷いた...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<13>
薬局で買い物をしていたら、アイスクールリングというものを見つけた。「つけた瞬間冷!」というキャッチフレーズなので、試しに買ってみた。 いかにも涼しそうな、氷をイメージしたデザインで、28度以下で固くなるので、使い終わったら、クーラーの効いた部屋で冷やすなり、水道水につけるなり、冷蔵庫に入れるなりすればいい。 首に巻いて使うわけだが、ひんやりとして冷たすぎず、三時間ほどで内部が液体に変わった。…
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